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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)220号 判決 2000年3月28日

原告

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

【F】

被告

特許庁長官【G】

指定代理人

【H】

【I】

【J】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実

第1請求

特許庁が平成8年異議第70702号事件について平成10年2月25日にした決定を取り消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「アヘン剤-受容体アンタゴニストによる、中枢神経系傷害治療剤」とする特許第2510270号(昭和63年6月6日国際出願(優先権主張、1987年6月5日、米国)、平成8年4月16日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

平成8年12月24日、本件特許につき特許異議の申立てがされた。

特許庁は、この申立てを平成8年異議第70702号事件として審理した結果、平成10年2月25日、本件特許の請求項1ないし4に係る特許を取り消す旨の決定をし、その謄本は、同年3月25日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

(1)  本件請求項1の発明の要旨

アヘン剤-受容体アンタゴニスチック活性を誘発するのに適したκ-アヘン剤-受容体に高い活性を有するアヘン剤-受容体アンタゴニストを含有する虚血性または外傷性の中枢神経系傷害治療剤。

(2)  本件請求項2の発明の要旨

ナルメフェン、ビナルトルフィミン、ノルビナルトルフィミンから選択されるアヘン剤-受容体アンタゴニストを含有する虚血性または外傷性の中枢神経系傷害治療剤。

(3)  本件請求項3の発明の要旨

薬剤中にアヘン-受容体アンタゴニストを患者の体重1kg当り0.1~10mgの割合に相当する量で含有する請求項1または2に記載の虚血性または外傷性の中枢神経系傷害治療剤。

(4)  本件請求項4の発明の要旨

薬剤中にアヘン-受容体アンタゴニストを患者の体重1kg当り0.1~10mgの割合に相当する量で含有する請求項1または2に記載の虚血性または外傷性の中枢神経系傷害治療剤。

3  決定の理由

決定の理由は、別紙決定書の理由写し(以下「決定書」という。)に記載のとおりであり、決定は、

本件請求項1の発明は、刊行物1(刊行物1(「NEUROLOGY」35 1311頁ないし1314頁(1985年))に記載された発明及び刊行物2(「Peptides」6,(Suppl.1),15頁ないし17頁(1985年))に記載された発明であり、

本件請求項2の発明は、刊行物1、刊行物2及び刊行物3(「Meth.Find.Clin.Pharmacol.」7,175頁ないし177頁(1985年))に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものであり、

請求項3及び4の発明は、刊行物1及び2に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものである旨判断した。

第3決定の取消事由

1  決定の認否

(1)  決定の理由1(本件発明の要旨等。決定書2頁1行ないし3頁6行)、同2(引用刊行物の記載。同3頁7行ないし12頁5行)は認める。

(2)  同3(決定の判断)中、本件請求項1の発明について(決定書12頁13行ないし16頁9行)のうち、刊行物1の記載内容(同12頁13行ないし13頁7行)、「アヘン剤-受容体アンタゴニストは、投与により、アヘン剤-受容体アンタゴニスチック活性を発揮(すなわち誘発)することは自明である」(同14頁17行ないし末行)こと、及び特許権者の主張内容(同15頁2行ないし9行)は認め、その余は争う。

本件請求項2の発明について(同16頁11行ないし18頁12行)のうち、刊行物3の記載内容(同17頁12行ないし18頁2行)は認め、その余は争う。

本件請求項3及び4の発明について(同18頁14行ないし19頁17行)は争う。

(3)  同4(むすび。同19頁18行ないし20頁4行)は争う。

2  取消事由

(1)  取消事由1(本件請求項1の発明)

決定は、本件請求項1の解釈を誤り、かつ、刊行物1及び2の技術内容を誤認した結果、「請求項1の発明は刊行物1及び2のそれぞれ記載された発明である。」(決定書14頁末行ないし15頁1行)と誤って判断したものである。

ア 本件請求項1の解釈の誤り

決定は、「活性と選択性とは別異の概念を表すのであって、・・・請求項1における高い活性が高い選択性を意味するものと解することはできない」(決定書15頁9行ないし14行)と認定するが、誤りである。本件請求項1の発明の要旨にいう「κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有する」とは、「高い選択性を有する」、すなわち「κ-アヘン剤-受容体」以外の受容体と比較して、「κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有する」という意味である。

(ア) 特許請求の範囲の語句の解釈に際し、その語句の意味に疑義がある場合に、その語句がどのような意味であるかを確定するため発明の詳細な説明の記載を参酌すべきことは、当然である。

本件明細書(甲第2号証)には、従来技術の問題点として、「しかしながら、ナロキソンは、状態によっては、完全に選択的でなくなり、純粋なアヘン剤アンタゴニストでもなくなる。低い投与量では、ナロキソンは、μ―アヘン剤受容体に対するかなりの選択性を有している。」(2欄12行ないし15行)と記載され、本件発明の一般的目的として、「中枢神経系プロトコルの安全性を単純化し且つ強化するため、特定のアヘン剤受容体に対する高い度合の特効性又はそれにおける高い活性を示すアヘン剤受容体アンタゴニストが、捜し求められている。」(3欄5行ないし8行)と記載され、さらに、「また、体内で望ましくない副作用を起こさないように専ら作用するアヘン剤受容体アンタゴニストが、好ましい。」(3欄8行ないし10行)と記載されている。

上記の一般的目的は、副作用のないアヘン剤受容体アンタゴニスト、すなわち高い選択性を有するアヘン剤受容体アンタゴニストにより達成される。

(イ) さらに、本件明細書(甲第2号証)には、上記のとおり、「高い度合の特効性又はそれにおける高い活性」(3欄6行、7行)と記載され、特定のアヘン剤受容体に対する「高い度合の特効性」とそれにおける「高い活性」とは、「又は」で結ばれており、二つの用語が置換的・同義的に使用されている。

上記記載のうち「高い度合の特効性」は、「高い度合の特異性」、すなわち「高い選択性」を意味するから、上記発明の詳細な説明における「高い活性」も「高い選択性」を意味する。

(ウ) 以上によれば、本件請求項1の発明の要旨にいう「高い活性」は、「高い選択性」を意味するものである。

イ 刊行物1及び2の技術内容の誤認

(ア) 刊行物1について

決定は、刊行物1(甲第3号証)には、「WIN44,441-3[WIN(-)]が、κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有するアヘン剤-受容体アンタゴニストであることを示(す)」(決定書13頁8行ないし10行)ことが記載されている旨認定するが、誤りである。

刊行物1には、κ-アヘン剤-受容体に「高い選択性を有する」アヘン剤―受容体アンタゴニストは記載されていない。

(イ) 刊行物2について

決定は、刊行物2には、「WIN44,441-3[WIN(-)]がナロキソンよりも、κ-受容体に対してより選択的である」(決定書13頁15行ないし17行)と記載されている旨認定するが、誤りである。

a 確かに、刊行物2(甲第4号証)には、「WIN(-)化合物はκ-レセプターに対してある程度の選択性を有しているので[14,17]、本知見は、κレセプターが、脊髄傷害後の内因性オピオイドの病理生理学的な効果を媒介しているかもしれないという仮説と一致するものである。」(16頁右欄16行ないし20行、訳文5頁5行ないし8行)と記載されている。

しかしながら、刊行物2に注14、17として引用された甲第6号証(【K】ら「Novel Development of N-methylbenzomorphan Narcotic Antagonists」(【L】ら「Characteristics and Function of Opioids」(1978年))197頁ないし206頁)及び甲第5号証(【M】ら「Multiple opioid receptor profilein vitro and activity in vivo of the potent opioid antagonist WIN44,441-3」(Life Sciences33巻追補版1(1983年))303頁ないし306頁)によれば、WIN(-)化合物はκ-レセプターに対して非選択的であるものである。

b すなわち、甲第6号証には、WIN(-)化合物がκレセプターでナロキソンより有効であることが記載されているが、κレセプターに対する選択性については何ら記載されていない。

c また、甲第5号証によれば、WIN44,441-3[WIN(-)]はκ-受容体ではなく、μ-受容体に対して選択性を有するものである。すなわち、甲第5号証の「考察」には、「しかし、WIN44,441-3の相対的な選択性はナロキソンのそれと同様であるということに注目することは重要である。」(305頁下から10行ないし9行、訳文5頁2行ないし4行)と記載されている。なお、甲第18号証によれば、ナロキソンがμ-受容体に対して選択的であることが認められる。

したがって、刊行物1及び2並びに甲第5号証に基づく客観的結論は、μ-受容体に対して選択性を有するWIN44,441-3[WIN(-)]が中枢神経傷害の治療に有効であったということである。

d 確かに、甲第5号証には、μ、κ及びδレセプターでWIN44、441がナロキソンよりも、それぞれ8.8倍、15.5倍及び4.5倍有効(potent)であることが記載されている(305頁下から12行ないし10行、訳文4頁末行ないし5頁2行)。しかし、そもそも最終効果を表す有効性(ポテンシー、potency)と、薬剤と受容体との結合力(すなわち選択性)を表すアフィニティー(affinity)との間には様々な他の要因が存在する(甲第13号証)から、上記有効についての記載は、直ちにWIN44、441-3がナロキソンよりもアフィニティーにおいて(すなわち選択性において)8.8倍、15.5倍あるいは4.5倍であることを意味しない。

e 仮に、前記様々な要因が両化合物においてすべて同じで、前記ポテンシーとアフィニティーとが近似的に等しいとしても、WIN(-)化合物がκ-レセプターに対しある程度の選択性を有するものと結論することはできない。

すなわち、甲第5号証の表1(304頁)には、ナロキソンとWIN44,441-3との各レセプターに対するpA2が示され、これらの値からナロキソンとWIN44,441-3とが各レセプターに対してアゴニストの作用を50%阻害するときのナロキソンとWIN44,441-3の濃度(モル)は次のように計算される。

ナロキソン

(a) μ 8.53=2.95×10-9

κ 7.83=1.48×10-8

(b) μ 8.53=2.95×10-9

δ 7.62=2.40×10-8

WIN44,441-3

(a) μ 9.45=3.55×10-10

κ 9.02=9.55×10-10

(b) μ 9.50=3.16×10-10

δ 8.27=5.37×10-9

この数値が小さいほど少ない量のナロキソン、WIN44、441-3でアゴニストの作用を阻害することができるということで、小さい値の方がよりポテンシーが高い(前記の8.8倍、15.5倍及び4.5倍という値は、各レセプターに対してナロキソンとWIN44、441-3の上記モル数を除したものである。)。また、この数値が小さいほどそのレセプターに対するアフィニティー(すなわち選択性)が高いということができる。

したがって、WIN44、441-3は、μレセプターに対して最も選択的である。

f WIN(-)化合物がκレセプター対する選択性を有しておらず、μ-受容体に対して選択性を有することは、甲第5号証を引用しつつ、その結論を確認した甲第19号証(【N】ら「Effects of Opioid Agonists Selective for Mu,Kappa and Delta Opioid Receptors on Schedule-Controlled Responding in Rhesus Monkeys: Antagonism Quadazocine」(「The Jurnal of Pharmacologyand Experimental Therrapeutics」267巻(1993年)896頁ないし903頁)からも明らかである。

g 被告は、甲第19号証の表4及び刊行物3の表1を参照して、WIN44,441-3[WIN(-)]がκ-受容体に対して選択性を有しないなら、ナルメフェンもκ-受容体に対して選択的ではなくなってしまう旨主張する。

しかし、甲第19号証の表4及び刊行物3(甲第7号証)の表1には、WIN44,441-3[WIN(-)]及びナルメフェンのアフィニティが記載されているのみであるところ、アフィニティだけで選択性が決まるものではないから、被告の上記主張は理由がない。

(2)  取消事由2(請求項2の発明)

決定は、刊行物1及び2の技術内容を誤認した結果、「請求項2の発明は、刊行物1~3に記載された発明から当業者が容易に発明できたものである。」(決定書18頁9行ないし12行)と誤って判断したものである。

ア WIN(-)の選択性

刊行物1及び2には、WIN44,441-3[WIN(-)]がκ-アヘン剤-受容体に対して選択性を有する点は、実質的に何ら記載されていないことは、前記(1)イのとおりである。

イ 脊髄傷害の治療とκレセプターとの関係

決定は、「刊行物1、2の記載をみれば、κ-受容体に高い活性を有し、さらに望ましくは該受容体に選択性を有するアヘン剤アンタゴニストであれば、WIN44,441-3[WIN(-)]に限らず、虚血性あるいは外傷性の中枢神経系の傷害の治療に有効であろうことは普通に認識できるはずである。」(決定書17頁6行ないし11行)と判断するが、誤りである。κレセプターのブロッキングが脊髄傷害後の機能障害の治療に有効であることは、本件優先権主張日当時、知られていなかったものである。

(ア)a 前記(1)イのとおり、甲第5号証から、WIN(-)化合物が、δ受容体、κ受容体、μ受容体のすべての受容体に対してそれぞれナロキソンより高い活性を有し、ナロキソンが前記すべての受容体に対して所定値以上の有意の活性を有するから、刊行物1及び2からWIN44,441-3[WIN(-)]が虚血性あるいは外傷性の中枢神経系障害の治療に有効であることが分かるとしても、WIN44,441-3[WIN(-)]は、上記δ、κ、μのすべての受容体に対して高い活性を有するため、その治療効果の実現は、δ、κ、μのうちいずれの受容体との結合によるものかは、全く不明である。

b しかも、治療効果が受容体と無関係に発揮される可能性も排除することができない。

(イ) 決定は、「刊行物1及び2のディスカッションにおいては、他の知見をも考察に入れ、脊髄傷害後の機能障害について論じており、これによれば虚血性及び外傷性の脊髄傷害後の機能障害においては、κ-受容体が、主要な役割を果たしていることは明らかであ(る)」(決定書17頁1行ないし6行)と判断する。しかしながら、刊行物1及び2のディスカッションのみから、前記機能障害の治療におけるκ-受容体の役割を断定的に結論することはできない。

a すなわち、刊行物2(甲第4号証)のディスカッションには、「κレセプターが脊髄内に存在する主要なオピエートレセプターで有ること[16]」が記載されている(16頁右欄21行、22行、訳文5頁8行ないし10行)が、同所で引用されている文献[16](【O】ら「Multiple Opiate Binding Sites in Rat Spinal Cord」(「Life Sience」31巻(1982年))1377頁ないし1380頁-甲第17号証)は、「脊髄において特定されるオピエートレセプターの50%はμ、δレセプターであり、残りがκレセプターであるか否かは、今後の研究により明らかにされなければならない」旨述べているだけであり、脊髄における残りのレセプターがκレセプターであるかどうかは不明である。

また、甲第13号証(【P】ら「HUMAN PHARMACOLOGY Molecular toClinical(3rd edittion)」15頁、31頁、396頁、398頁(1998年))には、「オピオイドレセプターの解剖学上の分布は、オピオイドの作用および外因性オピオイドペプチドの仮定される機能と一致する。例えば、3つのオピオイドレセプター全てが、上行性および下行性の痛みの調節経路の構造の内で、顕著に見られる。」(398頁右欄4行ないし9行、訳文3頁2行ないし4行)と記載されており、この記載によれば、κレセプターが脊髄において主要なオプピエートレセプターであったと認めることはできない。

しかも、仮に残りの50%のレセプターがκレセプターであるとしても、脊髄内に存在する少数の他の受容体が機能的には重要な役割を果たすことは十分考えられるから、脊髄内においてκ-受容体が量的に多数を占めることのみから、直ちにκ-受容体が前記機能障害に主要な役割を果たしていると結論することはできない。

b さらに、刊行物2(甲第4号証)の「考察」には、「選択的δレセプターアンタゴニストが脊髄傷害後の運動機能回復を改善できないこと[10]」(16頁右欄23行、24行、訳文5頁10行、11行)と記載されているが、仮にδレセプターアンタゴニストがCNS傷害治療に有効でなかったとしても、脊髄には、δレセプター以外に多数のレセプターが存在するとともに、それらの各レセプターがCNS傷害治療にどのような意義を有するか不明であるから、選択的δレセプターアンタゴニストが脊髄傷害後の運動機能回復を改善できないことから直ちに、「κ受容体アンタゴニストがCNS傷害治療に有効である」という結論は導き出すことはできない。

(ウ) 本件優先権主張日前には、上記「考察」の議論に相反する主張をする他の文献も、多数発表されていた。

a 甲第9号証(【Q】ら「Beneficial effect of the κopioidreceptor agonist U-50488H in experimental acute brain and spinal cordinjury」(「Brain Research」435巻(1987年))174頁ないし180頁)は、「脳及び脊髄傷害(CNS傷害)からの回復には、κレセプターアゴニストであるU-50488Hが効果的である」旨主張している。

これは、前記「考察」での主張である「前記傷害の回復についてはκレセプターアンタゴニストが有効である」と全く矛盾する。

b また、甲第10号証(【R】ら「Spinal Cord Injury andProtection」(「Annals of Emergency Medicine」14巻(1985年))816頁ないし821頁)は、「ナロキソンによるCNS傷害の治療にはオピエートレセプター拮抗性は何ら関与しておらず、ナロキソンの他の効果が存在し、その効果が前記CNS傷害の治療のために効果的である」旨主張している。

この主張は、やはり前記「考察」における「前記傷害の回復についてはκレセプターアンタゴニストが有効である」との主張と矛盾する。

c さらに、甲第11号証(【S】ら「A Phase I trial of naloxone treatment in acute spinal cord injury」(「J. Neurosurgery」63巻(1985年))390頁ないし397頁)は、刊行物1あるいは刊行物2を引用しながら、「【A】らの仮説を支持する直接的証拠を欠く。・・・κレセプターの個々の機能は、依然として議論を呼んでいる」と主張している(396頁左欄第2段落)。

d また、甲第12号証(【T】ら「Effect of Naloxone in Experimental Acute Spinal Cord Injry」(「Neurosurgery」20巻(1987年))385頁ないし388頁)は、「ナロキソンではCNS傷害の治療に何らの効果がない」旨主張し、「ナロキソンの効果及びその動作の態様を明らかにするための更に制御された実験が必要である」旨主張している。

(エ) 本願優先権主張日における当業者の一人である【U】博士は、その宣誓供述書(甲第14号証)において、「甲第5号証及び甲第6号証の記載があるから、当業者は、κレセプターアンタゴニストとCNS傷害後の回復との間に何らかの関係があるとの刊行物1及び2の結論を受け入れることはない」旨供述している。

(オ) 被告は、乙第6号証に、κレセプターに対する推定のリガンドである免疫反応性ダイノルフィンAが外傷性脊髄傷害の障害部位で大幅に増大し、運動機能の不全の程度とこのペプチドとの間に高い相関関係を有していることが、実験データを伴って記載されている旨主張する。

しかし、上記増大したダイノルフィンAがκ-レセプターに作用して脊髄損傷を引き起こすのか、脊髄損傷が起こった結果としてκ-レセプターとは無関係にダイノルフィンAが増大したのかは、実験によっては証明されておらず、依然として不明であるから、κ-受容体が中枢神経傷害の回復に主要な役割を果たすものと結論することはできない。

(カ) 被告は、特許異議段階における原告の意見書(乙第3号証)に基づく主張をするが、原告の上記意見書における主張は、本件発明によって、κ-受容体が中枢神経傷害の治療に主要な役割を果たすことが明らかになった後において従来のデータを整理したものである。したがって、上記意見における主張は、本件発明以前において、ナロキソンの中枢神経損傷の治療効果はオピエートレセプターに対する拮抗性によることが知られていたことを示唆するものではない。

ウ 作用効果の看過

本件請求項2の発明は、ナルメフェン等の物質を採用することにより、望ましくない副作用を抑制しつつ中枢神経傷害を治療することができるとの作用効果を奏する。

κ-受容体アンタゴニストが副作用を抑制しつつ中枢神経傷害を治療できるかどうかは、その具体例であるナルメフェン等について実際に実験をしてみないとわからないことであるから、このような作用効果は、刊行物1ないし3の記載を組み合わせることによって通常予測し得る範囲を超えるものである。

(3)  取消事由3(請求項3及び4の発明)

決定は、「請求項3及び4のアヘン剤―アンタゴニストの含有量も、刊行物1及び2の記載に基づき当業者が容易に決定できたものとせざるを得ない。」(決定書19頁14行ないし17行)と判断するが、誤りである。

本件請求項3及び4の発明は、本件請求項2の発明の構成要件を更に限定したものであるから、請求項2の発明が、刊行物1ないし3に記載された発明から当業者が容易に発明し得るものではない以上、本件請求項3及び4の発明も、刊行物1ないし3に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものではない。

第4決定の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の決定の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(本件請求項1の発明)について

ア 本件請求項1の解釈の誤りについて

(ア) 本件請求項1における「κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有する」とは、κ-アヘン剤-受容体に対してその作用の程度が大きいことを意味し、他の受容体に強く作用するか否かは、無関係である。

(イ) 原告は、本件明細書中の従来技術の問題点や本件発明の目的についての記載に基づく主張をする。

しかし、上記のとおり、本件請求項1に記載された「κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有する」の意味は、特許請求の範囲の記載自体から把握することができるから、発明の詳細な説明中従来技術の問題点や本件発明の目的についての記載を参酌することにより、本件請求項1の記載における「高い活性」が「高い選択性」の意味であると解することはできない。

(ウ) さらに、原告は、本件明細書中の「高い度合の特効性又はそれにおける高い活性」との記載に基づく主張をする。

しかし、「又は」は、「どちらかである関係を示す語」(乙第1号証)であるから、この「又は」で結ばれた前後の用語は同義であるとはいえない。むしろ、「高い度合の特効性」と「高い活性」とは、その意味が異なると解するのが普通であり、本件請求項1においては、そのうち一方を記載したと解することができる。

イ 刊行物1及び2の技術内容の誤認について

(ア) 刊行物1(甲第3号証)には、次の記載がある。

「κ-レセプター(受容体)における高い活性を示すオピエートアンタゴニストであるWIN44,441-3(WIN(-))は虚血性脊髄傷害後の運動機能不全を低減した。」(1311頁論文要約部分3行、4行、訳文1頁3行ないし5行)、

「これらの結果は、CNS傷害におけるオピエートアンタゴニストの有益な効果がκ-オピエートレセプターを介するものであろうことを支持する。WIN(-)は、κ-オピエートレセプターに高い活性を有し15、ウサギにおける虚血性の脊髄傷害後の神経学的機能障害の軽減に高度に効果的であった。」(1313頁右欄3行ないし8行、訳文7頁3行ないし6行)、

「要約すると、我々のデータは、高いκ-レセプター活性を示すオピエートアンタゴニストはCNS傷害においてナロキソンよりも遙かに高い活性を示すであろうことを示す。これらの化合物は、その他の潜在的な利点(たとえば経口による有効性、作用時間の延長15,30)を有し、CNS傷害の薬理学的治療に対して新しいアプローチを提供するであろう。」(1314頁右欄16行ないし22行、訳文9頁6行ないし9行)

これらの記載によれば、WIN(-)は、κ-オピエートレセプターに高い活性を有することが明らかにされ、κ-オピエートレセプターに高い活性を有するアンタゴニストは、虚血性の中枢神経系(CNS)の傷害に対して有効であることが明らかにされており、WIN(-)の虚血性の中枢神経系傷害の治療に対する有効性は実際に行った動物試験の結果により裏付けられている。

(イ) 刊行物2(甲第4号証)においても、「WIN44,441-3[WIN(-)]は、より最近開発されたオピエートアンタゴニストであって、特にκ-レセプターにナロキソンよりも実質的に大きな効力を有するものであり[14,17]、」(15頁左欄末行ないし右欄2行、訳文2頁15行ないし17行)と記載されており、WIN(-)がκ-オピエートレセプターに高い活性を有することが明らかにされている。さらに、刊行物2においても、動物試験により、WIN(-)が外傷性及び虚血性の脊髄傷害後の機能障害回復において有効であったことが示されている。

(ウ) 原告は、甲第5、第6号証に基づく主張をする。

a しかしながら、甲第5号証には、「WIN44,441-3がκレセプターでナロキソンより有効であると報告(1)されてはいるが、その文献にはこの化合物がκレセプターと選択的に相互作用するということは説明(論証)されていない。・・・・本報告はWIN44,441-3のオピオイドレセプタープロフィールを明確にし、WIN44,441-3が実際にκレセプターにおいてナロキソンよりも有効ではあるものの、そのレセプターの選択性はナロキソンの選択性と同様なものであることを説明(論証)した。」(303頁本文22行ないし29行、訳文1頁下から6行ないし2頁2行)と記載され、「PA2値(表Ⅰ)は、μ、κおよびδレセプターで、WIN44,441-3がナロキソンよりも、それぞれ8.8倍、15.5倍および4.5倍有効であることを示している。」(305頁下から12行ないし10行、訳文5頁1行、2行)と記載されている。

甲第6号証においても、(±)-WIN44,441(注・WIN44,441-3[WIN(-)]及びWIN44,441-2[WIN(+)])等の化合物は、ナロキソンより高い特異性がない旨記載されてはいるが、そのκ-アンタゴニスト活性について「(±)-WIN44,441は高いκ-アンタゴニスト活性を有する。」(204頁下から2行、1行、訳文8頁12行、13行)と記載している。

これらの記載によれば、甲第5、第6号証においても、刊行物1及び2に記載されたWIN(-)が、κ-オピエートレセプターに対して高い活性を有することを示しているのであるから、これら甲第5、第6号証の記載は、本件請求項1の発明が刊行物1及び2に記載された発明であることをかえって明らかにしているものである。

b しかも、甲第5号証においては、上記のとおり、表1の試験の結果から、μ、κ及びδレセプターでWIN44,441-3がナロキソンよりも、それぞれ8.8倍、15.5倍及び4.5倍有効である旨明示されており、この試験結果によれば、WIN44,441-3は、ナロキソンに比し、κ-オピエートレセプターに対して選択的である。

(エ) 原告は、甲第19号証に基づく主張をする。

甲第19号証におけるクォダゾシン(Win44,441-3)が、μ-受容体に対しもっとも親和性が高く、κ-受容体にはより低い親和性を有し、δ-受容体に対してもっとも低い値になっている旨の記載は、表4の実験結果を受けたものである。しかし、単に、κ-受容体以外の受容体との比較において、κ-受容体に選択的でないというのであれば、刊行物3(甲第7号証)表1の記載から明らかなように、ナルメフェンもκ-受容体に選択的ではなくなってしまう。

しかも、原告は、このようなナルメフェンについて、特許異議意見書(乙第3号証)において、マルチ型のアヘン剤受容体アンタゴニストとは異なるκ-アヘン剤受容体アンタゴニストである旨記載し(9頁22行、23行)、また、甲第8号証(原告の手紙)においても刊行物3と同一文献を挙げ、ナルメフェンがκ-受容体に選択性を有する旨記載していること等からすると、甲第19号証に示されるμ-受容体とκ-受容体に対する親和性の比較のみで、刊行物1及び2に記載されたWin44,441-3がκ-受容体には選択的ではないと認めることはできないものである。

ウ まとめ

本件請求項1において使用するアンタゴニストはκ-アヘン剤-受容体に高い活性を有していればよいものであるから、刊行物2におけるWIN(-)がκ-オピエートレセプターに対して選択性を有するか否かにかかわらず、本件請求項1の発明は刊行物1及び刊行物2に記載された発明であることは明らかである。

(2)  取消事由2(請求項2の発明)について

ア(ア) 前記(1)イのとおり、刊行物1及び2には、動物試験を実施し、WIN44,441-3[WIN(-)]が、κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有し、虚血性の中枢神経傷害に対して有効であること、並びに外傷性及び虚血性の脊髄傷害後の機能障害回復において有効であったことが示されている。

(イ) 刊行物3には、ナルメフェンはκ-受容体に対して高い選択性とともに高い活性を有していることが明らかにされている。

(ウ) したがって、刊行物1ないし3をみれば、刊行物3のナルメフェンを外傷性及び虚血性の脊髄傷害後の機能障害治療剤として、すなわち中枢神経系傷害治療剤として用いることは当業者なら容易に想到することができるものである。

(エ) なお、決定は、刊行物1及び2に記載されたWIN44,441-3[WIN(-)]が、κ-受容体に対する「選択性」を有することを根拠に本件請求項2の発明の特許を取り消すべきであるとしているものではないから、WIN44,441-3[WIN(-)]が現実にκ-受容体に対する選択性を有するか否かは、決定の結論に影響しないものである。

イ 原告は、刊行物1及び2の記載から虚血性及び外傷性の脊髄傷害後の機能障害の回復にκ-受容体が主要な役割を果たしているとの結論を導くことはできない旨主張する。

(ア) しかし、刊行物2における「考察」は、

① κ-受容体が脊髄内における主要なオピエートレセプターであることに加え、

② 選択的δ-レセプターアンタゴニストは脊髄傷害後の運動機能回復を改善しないこと、

③ 外傷性脊髄傷害が、μ及びびδ-レセプターではなく、κ-レセプターへの結合の大幅な増大を招来すること、

④ κ-レセプターに対する推定の内因性リガンドである免疫反応性ダイノルフィンAが外傷性傷害後に障害部位で大幅に増大し、運動機能不全の程度とこのペプチドの間に高い相関関係があること

を参照文献等を挙げて論述しているものである。

刊行物1の「考察」においても、刊行物2におけるのと同様な記載が更に詳細に記載されている。

当業者がこれら記載をみれば、刊行物1及び2は、虚血性及び外傷性の脊髄傷害後の機能障害の治療にκ-受容体が主要な役割を果たしていると理解するか、少なくとも主要な役割を果たしている可能性が高いと理解するものである。

(イ) 原告は、甲第5号証の第1表に基づく主張をするが、同表の記載から導かれる正確な結論は、WIN44,441-3は、ナロキソンよりもμ、κ及びδ受容体に対して、それぞれ8.8倍、15.5倍及び4.5倍親和性が高いというものであり、この結論によれば、WIN44,441-3は、少なくともナロキソンよりは、κ-受容体に対して高い親和性、すなわち選択性を有していることは否定し難い。

(ウ) 原告は、甲第5、第6号証によれば、刊行物1及び2から、虚血性及び外傷性の脊髄傷害後の機能障害にκ-受容体が主要な役割を果たしている点について何ら確定的結論を導くことはできない旨主張する。

a しかし、刊行物1及び2の論文発表者である【A】(本件特許の発明者、権利者であり、原告でもある。)は、例えば甲第9号証の注2、3あるいは甲第10号証の注29、31、34等の記載から明らかなように、種々の学術文献に多くの論文を発表しているこの分野の著名な研究者の一人である。しかも、刊行物1及び2は、学術論文として発表されているものである。

さらに、本件特許に対しては、特許法36条3項又は4項の規定する要件を満たしていないことを理由の1つとする特許異議申立てがあり、これを取消理由として挙げた取消理由通知がされたが、原告は、平成9年11月6日付け特許異議意見書(乙第3号証)10頁において、以下のように意見を述べている。

「本件特許出願時には、次のことが知られておりました。

1)ナロキソンのような非選択性のアヘン剤受容体アンタゴニストによる中枢神経系傷害の治療は既知であること。

2)非選択性のアヘン剤受容体アンタゴニスト活性の薬学的及び生理学的効果も既知であること。

3)κ-アヘン剤受容体アンタゴニストの薬学的及び生理学的効果も既知であること。

本件特許は、非選択性のアヘン剤受容体アンタゴニストが、マルチ型アヘン剤受容体アンタゴニスト効果のために良い治療法ではないことを示し、さらに、中枢神経系活性化を治療する改良された方法として、κ-アヘン剤受容体アンタゴニストを投与して、κ-アヘン剤受容体に結合するアヘン剤の有害な活性を阻止することからなるものであります。従って、中枢神経系の傷害を治療するためにκアヘン剤受容体に対して高い活性を有するアヘン剤受容体アンタゴニストを使用することが開示されれば、上記1)~3)の事実からその効果は推測できるものであります。」

この意見書で述べられているように、本件請求項2の発明におけるκ-アヘン剤受容体に対して高い活性を有するアヘン剤アンタゴニストの治療効果が、本件優先権主張日前の技術的知見から推測することができるためには、虚血性及び外傷性の脊髄傷害後の機能障害の治療において、少なくとも、κ-アヘン剤受容体が主要な役割を果たしていることが本件優先権主張日前に既知である必要がある。したがって、原告の上記意見書の主張は、刊行物1及び2の「考察」中の虚血性及び外傷性の脊髄傷害後の機能障害の回復にκ-アヘン剤が主要な役割を果たしている旨の教示が正しいことを認めているものである。

b 刊行物2の記載におけるκ-受容体が脊髄内に存在する主要なレセプターである旨の記載が正しいことは、刊行物1において注21として引用された乙第4号証(【V】ら「Opiate receptor binding sites in human spinal cord」(「Brain Research」267巻(1983年))392頁ないし396頁)の記載から明らかである。

すなわち、乙第4号証には、表Ⅱの実験結果を参照して、ヒトの中枢神経におけるδ-レセプター、μサイト及びκサイトは、これらの総数のうちそれぞれ8-15%、33-49%及び41-59%を占めることが記載され、また、表Ⅲの結果をみても、各種動物におけるκサイトの割合からみて、少なくともκ-受容体は主要なレセプターの1つであることは明白であるから、κ-受容体が脊髄内に存在する主要なレセプターであるといえる。そして、このことは、μサイト及びδサイトの合計がオピエートレセプターの50%にすぎない旨の甲第17号証の記載とも符合する。

なお、これら3種の受容体以外のオピエートレセプターは、甲第17号証及び乙第4号証においても全く問題とされておらず、その量は少量とするのが妥当である。

原告がその根拠とする甲第13号証は、3つのオピオイドレセプタ-の脊髄内の量比について何も明らかにしておらず、上記刊行物1及び2の「考察」中の記載を何ら否定するものではない。

c また、δ-受容体アンタゴニストが脊髄傷害後の運動機能回復を改善することができないことは、刊行物2の「考察」中に注10として記載された乙第5号証(【A】ら「COMPARISON OF NALOXONE AND A δ-SELECTIVE ANTAGONIST INEXPERIMENTAL SPINAL STROKE」(「Life Sciences」33巻(1983年)707頁ないし710頁)に記載されている。すなわち、乙第5号証においては、表Ⅰの試験結果を受け、ナロキソンが脊髄傷害後の運動機能回復の改善効果を有するのに対して、選択的なδ-受容体アンタゴニストであるM154,129はそのような効果を示さない旨記載されている。

d 刊行物1の「考察」中の記載において注22として引用された乙第6号証(【A】ら「Endogenous Opioid Immunoreactivity in Rat Spinal CordFollowing Traumatic Injury」(「Annals of Neurology」17巻4号(1985年)386頁ないし390頁)には、κレセプターに対する推定のリガンドである免疫反応性ダイノルフィンAが、外傷性脊髄傷害の障害部位で大幅に増大し、運動機能の不全の程度とこのペプチドとの間に高い相関関係を有していることが、実験データを伴って記載されている。

e したがって、刊行物2のκレセプターが中枢神経傷害の回復に主要な役割を果たしているとの刊行物1及び2の「考察」中の記載は、実験データに裏付けられているものである。

(ウ) 原告は、甲第9ないし第12号証に基づき、刊行物1及び2の「考察」に反する主張をする文献も多数発表されていた旨主張する。

a しかし、甲第11号証においては、急性脊髄損傷でのナロキソンを治療に用いたフェーズ1の臨床試験について記載され、高用量(2.7から5.4mg/kg)の投与が、実験的骨髄損傷に有効であったことが記載され(390頁要約部分7行、8行、訳文1頁12行、13行)、さらに「考察」においては、原告が指摘する「【A】・・・らの仮説を支持する直接的証拠を欠く。・・・κレセプターの個々の機能は、依然として議論を呼んでいる。」の前に、「動物研究で使用されるナロキソンの用量(2から10mg/kg)は、モルヒネ作用を遮断するために要求される用量より数桁大きなオーダーである。2mg/kgより少ないものは、実験的骨髄損傷で一致して効力がなかった。実験室データーの全ては、μレセプターを飽和するのに必要なナロキソンの量を越える最適な用量があることを示唆している。【A】・・・らは、脊髄損傷でのナロキソンの有益な効果が、μレセプターと同じくらい強力にナロキソンが拮抗しないオピエートレセプターのクラスである、κレセプターを遮断に関連するという仮説をたてた。これは、なぜそのような高用量のナロキソンが骨髄損傷に必要とされるかを説明できる。」(396頁左欄12行ないし24行、訳文1頁末行ないし2頁7行)と記載されており、上記臨床試験の結果も、κレセプターが中枢神経傷害の主要な役割を果たしているとする説と一致するのである。そして、甲第11号証の記載をみれば、原告が指摘するように、刊行物1及び2に記載されている【A】らの中枢神経系傷害においてκレセプターが主要な役割を果たしているとする説については議論はされてはいたものの、上記の【A】らの説がこの分野の研究者間において有力な説であったことは疑いないところである。

b 甲第10号証においては、ナロキソンの脊髄損傷の改善効果における、ナロキソンのオピエートレセプター拮抗性以外の作用の可能性について記載され、また、甲第12号証においては、実験的急性の脊髄傷害においてナロキソンは効果がない旨記載されてはいるが、ナロキソンの脊髄傷害の治療効果は、甲第11号証により臨床試験により確かめられており、また、本件明細書(甲第2号証)においても「アヘン剤受容体アンタゴニスト、例えばナロキソンは、脳傷害又はせき髄傷害を治療すべく、患者の体重1kg当たり1~10mg範囲内の投与量で使用されて来た。」(2欄8行ないし11行)と記載され、さらに、上記本件異議手続段階の意見書(乙第3号証)においても、ナロキソンのような非選択性のアヘン剤受容体アンタゴニストによる中枢神経系傷害の治療は既知である旨、及びナロキソンのようなアヘン剤受容体アンタゴニストの投与は有効ではあるが、ナロキソンの非選択性が多くの型のアヘン剤受容体の遮断の問題を生じるためによい治療法ではない旨述べているのであり(10頁13行、14行、11頁9行ないし12行)、本件請求項2の発明の前提技術として、ナロキソンが中枢神経損傷の治療効果を有することは、原告自ら認めているのである。

したがって、これらの点からみれば、ナロキソンは脊髄損傷の治療において効果がないとの主張は到底受け入れられないものである。

さらに、甲第11号証における臨床試験及び考察の記載は、ナロキソンの脊髄損傷の治療効果は、オピエートレセプターとりわけκ-受容体に対する拮抗性によるものであることを示唆している。

c 原告は、κ-受容体アゴニストの1種であるU50488Hが中枢神経傷害において有益であることを示している甲第9号証の記載は、刊行物1及び2の「考察」におけるκ-受容体アンタゴニストが有効である記載と矛盾する旨主張している。

しかし、甲第9号証においては、このU-50488Hの治療効果が奏される理由について、U-50488Hがカリウム誘導カルシウム摂取阻害作用を有すること、マウスでカルシウムで増強されるシナプス膜へのカイニン酸の結合カイニン酸誘導発作を遮断することができること等のU-50488Hの特有の作用を挙げて考察しているところ、このU-50488Hが他のκ-受容体アゴニストにはみられない作用を有することは、乙第7号証の記載からも明らかである。また、該効果は、外傷後の虚血の減少、刺激性アミノ酸刺激のカルシウム流入の拮抗作用の可能性があるが、これらの治療機構がCNSκ-受容体の活性化に関連している範囲は、別の研究を必要とするとしている。このように、甲第9号証においては、U-50488Hの治療効果は、刊行物1及び2の考察とは相反するようなκ-受容体の活性化によるものであるとは結論付けされておらず、事実、このような特殊な1例のみではそのようなことはいえないものである。

d そもそも、学術論文の内容については、種々の議論があることは当然であって、この議論がすべて決着し、その内容が完全に証明されるまでは、その学術論文を進歩性否定の根拠として使用してはならないというものではない。その内容について蓋然性が高く当業者に充分示唆を与えうるものであれば、当業者はこれに基づき更なる技術的展開を図る契機となるのであるから、このような文献は進歩性否定の根拠として使用することができるとすべきである。

(エ) 原告は、甲第14号証(【U】博士の宣誓供述書)に基づく主張をする。

この宣誓供述書の主旨は、刊行物1及び2におけるWIN44,441-3がオピオイドレセプターに選択性を有しないから、κ-受容体とCNS傷害の回復とは関係付けられないというものであるが、刊行物1及び2においては、種々の観点から総合的に判断されているものであり、WIN44,441-3が中枢神経傷害に有効であるということのみでκ-受容体が中枢神経傷害の回復に主要な役割を果たすと記載したものではないから、上記宣誓供述書に基づく原告の主張は失当である。

ウ 作用効果の看過の点について

原告は、本件請求項2の発明の作用効果は望ましくない副作用を抑制しつつ中枢神経傷害を治療することができる点にある旨主張するが、本件明細書には、体内で望ましくない副作用を起こさないように専ら作用するアヘン剤受容体アンタゴニストが好ましいと記載されているのみであり、実験データは何ら示されていない。

刊行物1及び2においては、κ-受容体が、中枢神経傷害の回復に主要な役割を果たすことが記載されている。そして、薬物においては、通常、選択作用を有するものが期待されているが、これは、治療の目的の器官以外の器官にも作用すれば、その働きに影響を及ぼして副作用を生じるおそれがあるからであって、このことは技術常識に属することである(【W】ら「薬理学のまとめ」-乙第2号証)。

そうすると、本件請求項2の発明の作用効果は、刊行物3のナルメフェンを使用することにより、当然予想される効果にすぎない。

(3)  取消事由3(本件請求項3及び4の発明)について

本件請求項2の発明が当業者において容易に発明できたものであることは、前記(2)のとおりであり、原告の請求項3及び4の発明についての主張は、その前提を欠き、失当である。

理由

1  取消事由1(本件請求項1の発明)について

(1)  本件請求項1の解釈の誤りの主張について

原告は、本件請求項1の記載中「κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有する」とは、「選択性」を意味し、このことは本件明細書の記載を参酌することにより明らかであると主張している。

ア  本件請求項1における「κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有する」とは、その通常の意味においては、κ-アヘン剤-受容体に対してその作用の程度が大きいことを意味し、他の受容体に対する作用の程度の大小との比較は考慮する必要がないものと認められる。

イ(ア) 原告は、本件明細書の発明の詳細な説明において、従来技術の問題点として、ナロキソンが状態によってはアヘン剤-受容体に対して選択性がないとの問題点を挙げている点を指摘し、さらに、本件発明の目的が安全性及び副作用のない点を挙げている点に基づき、安全性は選択性を有するアヘン剤受容体アンタゴニストにより達成されるのであるから、本件請求項1における「高い活性」とは、「高い選択性」を意味する旨主張する。

しかし、本件明細書の発明の詳細な説明中の原告指摘の記載を考慮しても、本件請求項1に記載された「高い活性」を、その通常の意味に反して、「高い選択性」を当然に意味するものと解することはできない。

(イ) さらに、原告は 本件明細書の発明の詳細な説明において、「高い度合の特効性又はそれにおける高い活性」と記載されている点に基づき、「高い度合の特効性」とは「高い度合の選択性」の意味であるとし、「高い度合の特効性」と「高い活性」が「又は」で結ばれているから、2つの用語が置換的・同義的に使用されていることは明らかである旨主張している。

しかし、「又は」という語は、通常の場合「どちらかである関係を示す語」(乙第1号証)として使用されるものであるところ、本件において、「又は」の語が通常の使用例とは異なっていて「又は」で結ばれた前後の用語を同義であると解さなければならない特段の理由も認められないから、上記「高い度合の特効性」と「高い活性」とは、その意味が異なると解するのが普通であると認められる。

ウ  したがって、本件請求項1における「κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有する」は、その通常の意味どおり、他の受容体に対する作用の程度の大小とは無関係に、κ-アヘン剤-受容体に対してその作用の程度が大きいことを意味すると解すべきであり、これと同旨の決定の認定に誤りはない。

(2)  刊行物1及び2の技術内容の誤認の主張について

ア  決定の認定のうち、刊行物1の記載事項の認定(決定書3頁7行ないし6頁19行)は、当事者間に争いがない。

この記載によれば、刊行物1(甲第3号証)においては、WIN(-)がκ-オピエートレセプターに対し、作用の程度が大きいとの意味での「高い活性」を有することが明らかにされ、κ-オピエートレセプターに高い活性を有するアンタゴニストは、虚血性の中枢神経系(CNS)の傷害に対して有効であることが明らかにされており、WIN(-)の虚血性の中枢神経系傷害の治療に対する有効性は実際に行った動物試験の結果により裏付けられているものと認められる。

イ  刊行物2の記載事項の認定(決定書6頁末行ないし10頁11行)は当事者間に争いがない。

この記載によれば、刊行物2においても、「WIN44,441-3[WIN(-)]は、より最近開発されたアヘン剤受容体であって、特にκ-受容体にナロキソンよりも実質的に大きな効力を有する[14,17]。」と記載されており、WIN(-)がκ-オピエートレセプターに高い活性を有することが明らかにされているものと認められる。さらに、刊行物2においても、WIN(-)が、動物試験により、外傷性及び虚血性の脊髄傷害後の機能障害回復において有効であったことが示されているものである。

ウ  そして、アヘン剤-受容体アンタゴニストは、投与により、アヘン剤-受容体アンタゴニスチック活性を発揮(すなわち誘発)することは自明であること(決定書14頁17行ないし末行)は、当事者間に争いがなく、前記のとおり、本件請求項1において使用するアンタゴニストはκ-アヘン剤-受容体に高い活性を有していればよいものであるから、本件請求項1の発明は、刊行物2におけるWIN(-)がκ-オピエートレセプターに対して選択性を有するか否かにかかわらず、刊行物1に記載された発明及び刊行物2に記載された発明であると認められる。

エ  原告は、甲第5号証等の記載から、WIN44,441-3は、κ-オピエートレセプターに選択性を有しておらず、刊行物2におけるWIN44,441-3がκ-オピエートレセプターに対して選択性を有する旨の記載は事実と反し、誤りである旨主張している。

しかしながら、本件請求項1の発明の要旨にいう「κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有する」を「κ-アヘン剤-受容体に高い選択性を有する」と解釈することができないことは、前記(1)のとおりであるから、仮に刊行物2にWIN44,441-3がκ-オピエートレセプターに対して選択性を有することが開示されていないとしても、そのことをもって、本件請求項1の発明は刊行物2に記載された発明であるとの前記判断を左右するものではない。

(3)  まとめ

以上によれば、本件請求項1の発明は刊行物1に記載された発明及び刊行物2に記載された発明であると認められる旨の決定の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(本件請求項2の発明)について

(1)  進歩性の有無

ア  前記1のとおり、刊行物1及び2には、WIN44,441-3[WIN(-)]が、κ-アヘン剤-受容体に高い活性を有し、虚血性の中枢神経系傷害に対して有効であること、及び外傷性及び虚血性の脊髄傷害後の機能障害の回復において有効であることが、動物試験の結果に基づき、示されているものである。

そして、甲第4号証によれば、刊行物2の「考察」においては、上記結論を支える状況証拠として、

① κ-受容体が、脊髄内に存在する主要なオピエートレセプターであること、

② 選択的δレセプターアンタゴニストは脊髄傷害後の運動機能回復を改善することができないこと、

③ 外傷性脊髄傷害がμ及びδ-レセプターではなく、κ-レセプターへの結合の大幅な増大を招来すること、

④ κ-レセプターに対する推定の内因性リガンドである免疫反応性ダイノルフィンAが外傷性傷害後に障害部位で大幅に増大し、運動機能不全の程度とこのペプチドの濃度との間に高い相関関係があること

(16頁右欄20行ないし31行、訳文5頁8行ないし15行)を挙げていることが認められる。

また、甲第3号証によれば、刊行物1の「考察」においては、刊行物2の「考察」における上記記載と同様の記載が更に詳細に記載されていることが認められる。

そうすると、刊行物1及び2の記載には、κ-受容体に高い活性を有するアヘン剤アンタゴニストであれば、WIN44,441-3[WIN(-)]に限らず、虚血性あるいは外傷性の中枢神経系の傷害の治療に有効であることが開示されているものと認められる。

イ  乙第2号証(【W】ら「薬理学のまとめ」)及び弁論の全趣旨によれば、薬物においては、通常、選択作用を有するものが期待されているが、これは、治療の目的の器官以外の器官にも作用すれば、その働きに影響を及ぼして副作用を生じるおそれがあるからであり、このことは技術常識に属することが認められる。

ウ  刊行物3の記載事項の認定(決定書10頁12行ないし12頁5行)は当事者間に争いがなく、「刊行物3においては、ナルメフェンがアヘン剤-アンタゴニストであることが示され、表2の記載によれば、κ-受容体に対する各アンタゴニストのIC50をナロキソンのIC50で割った値は、ナロキソンおよびナルトレキソンに比べ、ナルメフェンがもっとも低い値になっており、これは、ナルメフェンが他のアンタゴニストに比較してもっともκ-受容体に対して活性が高いことを意味する。また、他の受容体に対するナルメフェンの値をみれば、ナロキソンに比べκ-受容体に対しかなりの選択性を有していることがわかる。」(決定書17頁12行ないし18頁2行)ことも、当事者間に争いがない。

これらの記載によれば、刊行物3には、ナルメフェンがκ-受容体に対して高い選択性とともに高い活性を有していることが明らかにされているものである。

エ  そうすると、刊行物3のナルメフェンを刊行物1及び2に記載されている虚血性あるいは外傷性の中枢神経系傷害の治療に用いた場合、有効であることは、当業者であれば容易に想到することができるものと認められる。

(2)  原告の主張に対する判断

ア  原告は、WIN44,441-3[WIN(-)]がκ-受容体に対して高い選択性を有しない点を主張する。

しかしながら、決定は、「刊行物1、2の記載をみれば、κ-受容体に高い活性を有し、さらに望ましくは該受容体に選択性を有するアヘン剤アンタゴニストであれば、WIN44,441-3[WIN(-)]に限らず、虚血性あるいは外傷性の中枢神経系の傷害の治療に有効であろうことは普通に認識できるはずである。」(決定書17頁6行ないし11行)と「さらに望ましくは」と説示しているものであり、しかも、前記のとおり、「虚血性あるいは外傷性の中枢神経系の傷害の治療に有効であろうことは普通に認識できるはずである」との結論は、「高い活性」の点のみから認められるものであるから、仮に、WIN44,441-3[WIN(-)]がκ-受容体に対して高い選択性を有しないものであるとしても、そのことは、決定の結論に影響しないものと認められる。

イ  原告は、刊行物1及び2の記載から虚血性及び外傷性の脊髄傷害後の機能障害の回復にκ-受容体が主要な役割を果たしているとの結論を導くことはできない旨主張する。

(ア) しかし、刊行物1及び2が学術文献であることは、その内容及び登載された雑誌から明らかであり、また、弁論の全趣旨によれば、それらの執筆者の一人である【A】(本件発明の発明者であり、権利者でもあり、原告でもある。)は、種々の学術文献に数々の論文を発表しているこの分野の著名な研究者の一人であると認められる。

(イ) さらに、乙第3号証によれば、本件特許に対しては、特許法36条3項又は4項の規定する要件を満たしていないことを理由の1つとする特許異議申立てがあり、これを取消理由として挙げた取消理由通知がされたが、原告は、平成9年11月6日付け特許異議意見書(乙第3号証)10頁において、以下のように意見を述べていることが認められる。

「本件特許出願時には、次のことが知られておりました。

1)ナロキソンのような非選択性のアヘン剤受容体アンタゴニストによる中枢神経系傷害の治療は既知であること。

2)非選択性のアヘン剤受容体アンタゴニスト活性の薬学的及び生理学的効果も既知であること。

3)κ-アヘン剤受容体アンタゴニストの薬学的及び生理学的効果も既知であること。

本件特許は、非選択性のアヘン剤受容体アンタゴニストが、マルチ型アヘン剤受容体アンタゴニスト効果のために良い治療法ではないことを示し、さらに、中枢神経系活性化を治療する改良された方法として、κ-アヘン剤受容体アンタゴニストを投与して、κ-アヘン剤受容体に結合するアヘン剤の有害な活性を阻止することからなるものであります。従って、中枢神経系の傷害を治療するためにκアヘン剤受容体に対して高い活性を有するアヘン剤受容体アンタゴニストを使用することが開示されれば、上記1)~3)の事実からその効果は推測できるものであります。」

この意見書での主張内容によれば、本件請求項2の発明におけるκ-アヘン剤受容体に対して高い活性を有するアヘン剤アンタゴニストの治療効果が、本件優先権主張日前の技術的知見から推測することができるためには、虚血性及び外傷性の脊髄傷害後の機能障害の治療において、少なくとも、κ-アヘン剤受容体が主要な役割を果たしていることが本件優先権主張日前既知である必要があるものであり、したがって、原告の上記意見書の主張内容は、刊行物1及び2の「考察」中の虚血性及び外傷性の脊髄傷害後の機能障害の回復にκ-アヘン剤が主要な役割を果たしている旨の教示が正しいことを認めているものと解することができる。

これに反する原告の主張は採用することができない。

(ウ)a 原告は、甲第13号証及び甲第17号証に基づき、κレセプターが脊髄内に存在する主要なオピエートレセプターであると認めることはできないとの点を主張する。

しかし、乙第4号証によれば、刊行物1において注21として引用された【V】ら「Opiate receptor binding sites in human spinal cord」(1983年)には、表Ⅱの実験結果に基づき、ヒトの中枢神経におけるδ-レセプター、μサイト及びκサイトは、これらの総数のうちそれぞれ8-15%、33-49%及び41-59%を占めることが記載され、また、表Ⅲの結果をみても、各種動物におけるκサイトの割合からみて、少なくともκ-受容体は、量的に主要なレセプターの1つであると認められる。

そして、このことは、μサイト及びδサイトの合計がオピエートレセプターの50%にすぎない旨の甲第17号証の記載とも符合するものである。甲第13号証は、3つのオピオイドレセプタ-の脊髄内の量比について何も明らかにしておらず、上記刊行物2の「考察」中の記載を否定するに足りるものではない。

したがって、上記刊行物1及び2の「考察」に記載された「κ-受容体が、脊髄内に存在する主要なオピエートレセプターであること」に誤りはなく、原告の上記主張は採用することができない。

b 原告は、仮に残りの50%のレセプターがκレセプターであるとしても、脊髄内に存在する少数の他の受容体が機能的には重要な役割を果たすことは十分考えられるから、脊髄内においてκ-受容体が量的に多数を占めることのみから、直ちにκ-受容体が前記機能障害に主要な役割を果たしていると結論することはできない旨主張する。

しかしながら、乙第5号証によれば、刊行物2の「考察」中に注10として引用された【A】ら「COMPARISON OF NALOXONE AND A δ-SELECTIVE ANTAGONIST INEXPERIMENTAL SPINAL STROKE」(1983年)には、表Ⅰの試験結果を受け、ナロキソンが脊髄傷害後の運動機能回復の改善効果を有するのに対して、選択的なδ-受容体アンタゴニストであるM154,129はそのような効果を示さない旨記載されていることが認められる。さらに、乙第6号証によれば、刊行物1の「考察」中の記載において注22として引用された(【A】ら「Endogenous Opioid Immunoreactivity in Rat Spinal Cord Following Traumatic Injury」(1985年)には、κレセプターに対する内因性リガンドであると推定される免疫反応性ダイノルフィンA(ダイノルフィンと同義)が、外傷性脊髄傷害の障害部位で大幅に増大し、運動機能の不全の程度とこのペプチドとの間に高い相関関係を有していることが、実験データを伴って記載されていることが認められる。

これらによれば、原告の上記主張は採用することができない。

(エ) 原告は、当時、刊行物1及び2の「考察」に反する主張をする文献(甲第9ないし第12号証)も多数発表されていた点を主張する。

a しかし、甲第11号証によれば、【S】ら「A Phase I trial of naloxone treatment in acute spinal cord injury」(1985年)には、急性脊髄損傷においてナロキソンを治療に用いたフェーズ1の臨床試験について記載され、高用量(2.7から5.4mg/kg)の投与が、実験的骨髄損傷に有効であったことが記載され(390頁要約部分7行、8行、訳文1頁12行、13行)、さらに「考察」においては、原告が指摘する「【A】・・・らの仮説を支持する直接的証拠を欠く。・・・κレセプターの個々の機能は、依然として議論を呼んでいる。」の前に、「動物研究で使用されるナロキソンの用量(2から10mg/kg)は、モルヒネ作用を遮断するために要求される用量より数桁大きなオーダーである。2mg/kgより少ないものは、実験的骨髄損傷で一致して効力がなかった。実験室データーの全ては、μレセプターを飽和するのに必要なナロキソンの量を越える最適な用量があることを示唆している。【A】・・・らは、脊髄損傷でのナロキソンの有益な効果が、μレセプターと同じくらい強力にナロキソンが拮抗しないオピエートレセプターのクラスである、κレセプターを遮断に関連するという仮説をたてた。これは、なぜそのような高用量のナロキソンが骨髄損傷に必要とされるかを説明できる。」(396頁左欄12行ないし24行、訳文1頁末行ないし2頁7行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、原告が指摘するように、刊行物1及び2に記載されている【A】らの中枢神経傷害においてκレセプターが主要な役割を果たしているとする説について議論はされてはいたものの、上記臨床試験の結果も、κレセプターが中枢神経傷害の主要な役割を果たしているとする説と一致するものと認められ、少なくとも【A】らの説がこの分野の研究者において有力な説であったことが認められるものである。

b 甲第10号証によれば、【R】ら「Spinal Cord Injury and Protection」(1985年)には、ナロキソンの脊髄損傷の改善効果における、ナロキソンのオピエートレセプター拮抗性以外の作用の可能性について記載され、また、甲第12号証によれば、【T】ら「Effect of Naloxone in Experimental Acute Spinal Cord Injury」(1987年)には、実験的急性の脊髄傷害においてナロキソンは効果がない旨記載されていることが認められる。

しかしながら、上記aのとおり、ナロキソンの脊髄傷害の治療効果は、甲第11号証における臨床試験により確かめられており、また、前記のとおり、意見書(乙第3号証)においても、ナロキソンのような非選択性のアヘン剤受容体アンタゴニストによる中枢神経系傷害の治療は既知である旨、及びナロキソンのようなアヘン剤受容体アンタゴニストの投与は有効ではあるが、ナロキソンの非選択性が多くのアヘン剤受容体の遮断の問題を生じるためによい治療法ではない旨述べられているものであるから、甲第10号証及び甲第12号証の記載から、刊行物1及び2の「考察」に記載された事項を当業者が信用しないものと認めることはできない。

c 原告は、甲第9号証に示されたκ-受容体アゴニストの1種であるU50488Hが中枢神経傷害において有益であるとの結果は、刊行物1及び2の「考察」におけるκ-受容体アンタゴニストが中枢神経傷害において有効であるとの記載と矛盾する旨主張する。

しかし、甲第9号証によれば、【Q】ら「Beneficial effect of the κopioid receptor agonist U-50488H in experimental acute brain and spinal cordinjury」(1987年)には、このU-50488Hの治療効果が奏される理由について、U-50488Hがカリウム誘導カルシウムの摂取を阻害する作用を有すること(179頁左欄13行ないし16行、訳文2頁10行ないし12行)、U-50488Hが、マウスで、カルシウムで増強されるシナプス膜へのカイニン酸の結合及びカイニン酸誘導発作を遮断できること(179頁左欄24行ないし右欄1行、訳文2頁17行ないし19行)等のU-50488Hの特有の作用を挙げて考察しており、また、そのような効果は、外傷後の虚血の減少、刺激性アミノ酸刺激のカルシウム流入の拮抗作用の可能性があるが、これらの治療機構がCNSκ-受容体の活性化に関連している範囲は、別の研究を必要とする(179頁右欄17行ないし25行、訳文2頁29行ないし32行)旨記載されていることが認められる。

このように、甲第9号証自体においても、U-50488Hの治療効果が、刊行物1および2の「考察」とは相反するようなκ-受容体の活性化によるものであるとは結論付けられてはいないものであり、甲第9号証によって、このκ-受容体が中枢神経傷害の回復に主要な役割を果たしているとする説が根拠のないものと当業者によって解されるものと認めることはできない。

d 以上のとおり、甲第9ないし第12号証の記載を考慮しても、刊行物1及び2の「考察」中の中枢神経傷害の回復にκ-受容体が主要な役割を果たす旨の説が理論的に正しいとの可能性が高い最も有力な説であったことには変わりはなく、当業者に本件請求項2の発明への示唆を十分与えるものである。

よって、この刊行物1及び2の記載を本件請求項2の発明の進歩性否定の根拠とはなり得ない旨の原告の主張は採用することができない。

(オ) 原告は、甲第14号証に係る【U】博士の宣誓供述書に基づき、刊行物1及び2における記載からκ-受容体アンタゴニストがCNS傷害の治療に有効であるとの結論を下すことはできない旨主張するが、決定が種々の観点から総合的に判断したものであり、刊行物1及び2の記載をが信用することができないものとすることはできないことは、前記に説示したとおりであるから、上記宣誓供述書に基づく原告の主張は採用することができない。

(3)  作用効果の看過の点について

ア  原告は、本件請求項2の発明の作用効果は望ましくない副作用を抑制しつつ中枢神経傷害を治療することができるとの点にあるが、このような作用効果は、刊行物1ないし3の記載を組み合わせることによって、通常予測し得る範囲を超えている旨主張する。

イ  しかしながら、原告主張の副作用の抑制の程度については、本件明細書において、何らの実験データも示されておらず、それが特別顕著なものであると認めるに足りる的確な証拠はない。

ウ  そして、前記のとおり、刊行物1及び2においては、κ-受容体が中枢神経傷害の主要な役割を果たすことが記載されているものであるところ、治療の目的の器官以外の器官にも作用すれば、その働きに影響を及ぼして副作用を生じるおそれがあることは技術常識に属する事項である。さらに、前記のとおり、刊行物3には、ナルメフェンがナロキソンに比べκ-受容体に対しかなりの選択性を有していることが開示されているものである。

エ  したがって、原告主張の副作用の抑制の効果をもって、通常予測し得る範囲を超えているものと認めることはできない。

これに反する原告の主張は採用することができない。

(4)  まとめ

以上によれば、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(本件請求項3及び4の発明)について

本件請求項2の発明が当業者において容易に発明することができたものであることは、前記2に説示したとおりでり、本件請求項1の発明も、前記1のとおり、新規性を欠くものであるから、本件請求項3及び4の発明の進歩性判断の誤りをいう原告主張の取消事由3は、その前提を欠き、理由がない。

4  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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